20年前の1月16日の夜、疲れていて早く眠りたかったのに
ベッドに入っても目が冴える一方で全然眠くならなくて
テレビをつけたり 本を読んだり 布団に入って数を数えたり・・・
何を試しても神経は休まらずむしろ過敏になっていたことを今も覚えています。
「もう朝やん・・・」
寝るのを諦めてベランダに出て空を見ていました。
そしたら、西の方の上空がピカっーと光ったのです。
なんだろう・・・と思いましたが
寒くなってきて部屋に入り再び布団に潜り
今度こそ寝よう!と思った時に
ガタン!と身体が落下したしたような勢いを覚え
その後、ゆぅーらゆぅーらと数回の横揺れがきました。
大阪市都島区の私の部屋は 目覚まし時計がコトンと倒れただけでしたので
安心してその後数分眠りについたような。。そうでないような。。
でも、あの光が気になって 西の空。。。
テレビをつけたら スグは画面が砂嵐でしたが
そのうち神戸の様子が目に入ってきたのでした。
私は両親にボランティアに行ってくる!!と言いましたが
「今、あんたひとりで行っても余計な迷惑をかけるだけや!」と言われて
もう少し待つように促されました。
でも、何かしたい、、何でもいい、、何ができる??と
ずっと考えていたら
母から 新聞にボランティアを募集していることを教えてもらって
早速 それに参加しました。
目の不自由な方達の安否確認をしにいき
必要なものを聞いてそれを調達するという内容でした。
それらは3日間で終えましたが、その間、避難所での手伝いなど
できることはしましたが、やはり行く先々で迷惑はかけてしまったように思います。
そして、ポツンと立ち尽くしてしまいます。
立ち尽くしてしまいました。
それは、いろいろと考える機会を与えてくれたように思います。
経験してみて 思い知ることがあり どうしたらいいを考え 模索し、
考慮し、行動する。
感情を見つめて 時には深く落ち込むこともありますが
そこから見えることは それ以前より明るく広がっていることがあります。
全ては、ムダではないということ。。。
20年経って いろいろと思い出しています。
思いを口にしていないことも多々あります。
それが適当な言葉かどうかを発する前に考えてしまうのです。
それぞれの立場の考えや思いがあるものですから。
いや、自分の本当の心がわからないからかも知れません。
みんなもそうではないのでしょうか・・・?
今日、「竹下景子 詩の朗読とメモリアルコンサート」に行きました。
今年のある新年会でパントマイムの伝三Fさんとお会いして
これに出演することを聞きすぐにチケットを購入したのです。
この出会いのおかげで 20年のメモリアルコンサート、1.17から3.11 。
とても深いところに鎮めていた想いが
暖かく緩やかに溶け出していくような
言葉にできない本当の心が なにかと繋がったように思いました。
その人の心が伝わる 竹下景子さんの詩の朗読に
ピアノとバイオリンの演奏、マンドリンとポルトガルギターの演奏が
重なり ときにしずしずとときにグングンと伝わるのです。
本当の心が・・・
パントマイムの伝三Fさんのパフォーマンスの繊細な心の表現には
引き込まれました。
音楽は 言葉にできない想いを
私の想いまでもを代弁してくれるのですね。
その繊細でかつ優雅に力強い表現に感動をしました。
いろいろと様変わりしていくことは仕方がないのかもしれませんが、
心につながろうとする魂は揺るぎないことを
改めて刻むことができた1日でした。

