2008年04月06日
「ダライラマとのひととき」から・・・
お友達Aちゃんから 以下の事がMLで送られてきました。
「ダライラマとのひととき」
http://www.voiceofindia.co.jp/content/view/1017/70/
の全文です。
無線を付けた男性が、スワンキーホテルの6階へと誘導してくれた。そのフロアの廊下は人々でごった返し、セキュリティが常ににらみを利かせている。
しかしいったん部屋に入ると、その雰囲気は一変した。彼は暖かな(無邪気と言いかえてもいい)笑みを浮かべながら手を差し出し、握手で私たちを迎え入れてくれた。その人こそ、ダライ・ラマ14世だ。
ノーベル平和賞を授賞したことでさらなる名声を獲得したダライ・ラマは、非暴力を訴えるチベタン・フェスティバルに参加するため、この時アーマダーバードに滞在していたのだ。
彼はくつろいだ様子でソファに腰を下ろし、腕時計にちらりと目をやると「さあ、始めましょうか」と笑顔で語りかけてくれた。私はいくつかの質問を彼にぶつけた。
「グローバル化する今の世界において、僧侶であることはどんな気分でしょう?」
彼は私の目をじっと見て、答える。
「そうですね、私は僧侶です。大勢の警察官を従えた僧侶です。でも、私は僧侶としての人生を良きものだと思っています。ぜいたくをすることはほとんどありません。毎日9時間寝ていますしね」
彼は毎日、夜7時に寝て朝3時に起きるのだそうだ。
「別のレベルで言うと、私は僧侶として、世界の60億人の人々のことを強く想っています。世界は変化の時を迎えており、人々がその変化の目撃者なのです。現在の資本主義は、19世紀までのそれとは性質が変ってきています」
そして笑いながらこう言った。
「今じゃ共産主義者だって資本主義を始めてるんですよ」
この精神的指導者の人生は、まさに波乱万丈だった。チベットの自由のために、40年間戦ってきたのだ。そしてその意志は、今も変わることがない。
彼はこれまで、チベットの自治を訴えてきた。その選択は正しかったのだろうか。
「チベットはチベット人のものです。チベットの未来は、チベットの人々のものです。私の手中にあるものではありません。紙に書いた協定が幸福を保証してくれるわけではありません」
では、彼はチベットの独立をあきらめたのだろうか。
「チベットは経済的には遅れています。しかし精神的には非常に発展しています。チベットの人々は近代化することを望んでいます。防衛と外交は別として、私たちはあらゆる面での自治権が欲しいのです。私たちは、誰からも抑圧されたり、支配されたくはありません」
彼がダライ・ラマの後継者は女性でもいいと語ったことについては、チベット人の間でも議論を呼んだ。それについても尋ねてみた。
「これまでのダライ・ラマは、すべて男性でした。今、女性のダライ・ラマが出現してもおかしくありません。女性は非常に重要な役割を担っています。女性のダライ・ラマは、男のダライ・ラマよりも魅力的でしょう。そうすれば、我々の活動はより大きな実を結ぶことができるかもしれませんよ」
彼はフェミニストなのだろうか。
「ええ、私はフェミニストですね。フェミニストであり、ヒューマニストです」
暴力がなくならない世界で、ダライ・ラマの非暴力の考え方や慈悲の心はますます重みを増している。彼は、そうした考えを世界中の学校で教えるべきだという。残念ながら、それは実現できていないように思えるが、本当に可能なのだろうか。
「はい。私も時にはかんしゃくを起こしますよ。でも心の中に悪い感情を入れることはありません。誰に会うときだって、距離感を感じることはありません。ブッシュ大統領でも、ローマ法王でも、一般の人でもね。私は誰とでも接することができますよ」
邪悪な心を持たず、分け隔てもしない。これこそが、ダライ・ラマの活動の根底にあるものだろう。この考えを、すべての人々が共有することができれば、私たちが住む世界はもっと住みやすい場所になるに違いない。
彼のアシスタントが時間を告げに来た。次の来訪者が待っているので終わりにしてくれという。私はとっさに、最後の質問をした。
「あなたの笑顔は遺伝ですか?」
彼はこらえきれないといった様子で、長い時間笑った。
「ええ、きっとそうでしょうね」
同席していた姉と兄も一緒になって笑った。弟だけは笑っていなかった。ずっと緊張していたのだ。
ダライ・ラマとの面会は終わった。でも、ダライ・ラマの笑い声は、いつまでも私の耳の中で響いていた。
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それと、
サイババのお言葉です。
外側の世界を征服することは無意味です。
欲望を征服しなさい。
怒りを克服しなさい。
貪欲と、憎しみと、嫉妬を追放しなさい。
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今回は引用した文の紹介だけですが
これらをふっくるめて
今のこと これからのことを想い見つめたいと
あらためて思ったのであります。
とてもすばらしいことが
この先に待っているような気がするのですが
今一歩を踏み出す足を
どのように出せばいいのか・・・
答えはあるように思うのですが
煩悩と日々のやり取りをしていると
真の一歩が かすんでしまいます。
でも、今 目の前にあるあらゆる事は
かすみをはらう 勇気と意志と力を
試しているようにも思います。
変化を起こすのは 声ではあるけれど
それは同時に 内に向ける声でもあるように
思います。
ダライラマ法王やサイババの言葉にひびく波動を
感じて それを広げられるといいなあ〜。
posted by manami at 01:34| Comment(0)
| 平和、政治
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