旅行は疲れを感じさせないのです。
ジャイプールを後にしてバスは アグラへと向かいました。
バスで6時間!!
その間、車窓観光は楽しめました。
トラックに積まれている荷物に鳥が集まっています。
鳥は知っているのですね〜〜。
多分、米か?鳥たちの好物なのでしょう。
こういう光景もインドならでは・・・
広大な土地に黄色の美しい風景が見えてきました。
これらは マスタードの花だそうです。
ずーっと座っているのですが、お腹は空きます。でランチタイム。
ビール好きが約5名ほどいるのでそのためにビールがある店をチョイスしたそうです。
そう。。。インドでアルコールを置いている店はとっても少ないのです。
このキングフィッシャーはとーっても飲みやすくて大好きです!!
なのでお食事は控えめに。。。
アグラの手前40kmほどのところにある
世界遺産ファテープル・シークリーに行きました。
ここは 16世紀にムガル帝国第3代皇帝アクバルによって建設されました。
当時アグラ城を建ててインドに勢力を広めていたアクバルですが、
世継ぎに恵まれていなかったため、このシークリーに住む聖者を訪ねました。
インド人ガイドさんの話では、アグラから約40kmを裸足で歩いて来たそうです。
そしてマクバルは聖者から「1年以内に男の子が授かる」との予言を受け、
その通りにお妃は男の子を出産しました。
これは ムガル帝国の安泰を意味するくらいに偉大なことだったので
この地に都を作り、宮殿を建てました。
そのお妃は 2日目に行ったアンベール王の娘でしたので
お妃を愛してやまないアクベルは彼女の為に ヒンドゥー教を表した宮殿を建てました。
緑の屋根は中国の影響だそうです。
壁のない建物
アンベール国はこのアクベルの庇護の元で、ヒンドゥー教を維持し、
のちに都をジャイプールに移しても今に至るまでヒンドゥー教徒が90%の都として残っているのです。
ファテープル・シークリーに着いたのは閉館前でしたので
空はすでに薄暗くなっていましたが、この赤い土で作るられた宮殿の重厚な雰囲気に触れることができました。
これらは、5年の歳月をかけて建てられたのだそうですが、
この土地は水回りが悪く、また夏は酷暑になる為、、、
わずか14年間しか使用せずその後はラホールに都を移しました。
そのためと ここでの戦争がなかったこともありほぼ当時のまま残っているとのことでした。
ムガル帝国は332年(1526年〜1858年)も続いていましたが、
その間、勢力を広げるための戦いや内部の継承戦争など争いが絶えなかった時代です。
でもイスラム王国でありながら ヒンドゥー教やジャイナ教など異教も取り入れて
元々のインドを収めていた勢力者とも同盟を結び
それぞれの文化が融合しつつ発展していった貴重な時期でもあったようです。
ファテープル・シークリーの建築美もその一つです。
(木造建築を模した石造建築として有名)
そして、翌日に行ったタージ・マハールはやはり圧巻でした。
大理石のパワーなのでしょうか・・・
その空間そのものにも魅了されました。
美しいの一言です。そしてその中で、贅沢な気持ちに浸らせてくれて
気が高まっていくことを不思議に思いました。
ここに来ることが特別なようにも感じました。
あの門の向こう側
いや・・・まだでした。
まだ広い敷地を進んで行きます。
あの門の向こう側ですね。
柱にはヘブライ語でコーランが書かれています。
やっと、この向こうがタージマハールです。
中央から撮りました。インド観光資料やインドを紹介している よく見る構図です。
が、実際に見ました!!!
徐々に近づいて行きます。
みんな思い思いのポーズで撮影を楽しんでいます。
中は棺がありますが、撮影禁止です。
周辺や壁などは撮影OK
ここにもヘブライ語
裏はアムール川です。
宮殿から入り口を撮影。
帰り道で出会いました。
緑の鳥は、ビールのキングフィッシャー。
実は、インドに20回以上来ているにも関わらず
これだけ有名なタージマハールに来たのは初めてでした。
いや、北インドを観光したのも(デリー以外)初めてでした。
今回は 本当にありがたいお誘いをいただいたと思います。
バス休憩でチャイを飲みました。陶器のコップは飲んだ後割るそうですが、
珍しいので持って帰りました。
ペタというスイーツのお店。
アグラ出身のコックさんからお土産にとリクエストがあったそうです。
冬瓜のスイーツ。私たちには珍しいですが、こちらでは昔からの庶民のスイーツだそうです。
この後は、皆さんはデリーに戻りデリー観光して帰国しましたが、
私は次の日、ケララ州のコーチに行き買い物と旧ユダヤ人街を散策し、
タミルナードゥ州のチェンナイに行き買い物とヤショーダ先生に会いに
駆け足で回って帰国しました。